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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)3206号 判決 1957年12月26日

債権者 田中栄子 外一名

債務者 東京電力株式会社

主文

債権者等の本件申請は却下する。

訴訟費用は債権者等の負担とする。

事実

第一債権者等の主張

(申立)

債権者等は、「債務者は、別紙工事計画概要記才の計画にもとずく工事をしてはならない。執行吏は、右命令の趣旨を公示するため、適当の方法をとることができる。」との判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

一  債権者田中栄子は、東京都中野区広町三十五番の五雑種地三畝二十九歩(以下本件雑種地という。)所有者である。もつとも本件雑種地は、登記簿上、財団法人東京都住宅協会が昭和二十九年三月三十一日、債権者田中から譲り受け、その所有名義人となつているが、このような譲渡の事実はない。たゞ、債権者田中は昭和二十八年十二月頃、田中彰治に、本件雑種地の地続である同所同番の一宅地五百五十四坪を売却したことがあるが、当時右土地は、本件雑種地及び同番の四の土地を含めて、一筆の同番の一田二反八畝十三歩として登記されていた。債権者田中は、このうち、本件雑種地及び同番の四の土地を除く前記五百五十四坪のみを売却したものであるが、田中彰治は、前記協会と共謀して、本件雑種地の売買契約書を偽造し、登記官吏をして不動産登記簿に前記のような不実の記才をさせたものである。

二  債権者東為良は、東京都中野区広町三十五番の三宅地五十坪(以下本件宅地という。)及び同所所在家屋番号同所三十五番の二木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十坪(以下本件建物という。)の所有者である。

三  債権者東為良は、同人の所有する本件宅地がいわゆる袋地で、公道のある東京都中野区広町二十七番の一先、通称駒板橋及び同都杉並区方南町五百六十七番の一、通称和田堀橋にでるために別紙<省略>物件目録記載及び図面表示の土地を全部通行しなければならないし、これらの土地は、神田川せんさく(穿鑿)工事実施以来、その両岸に接するいわゆる土場となつているため、囲繞地のために最も損害の少いところであるから、右土地について、債権者東は囲繞地面行権を有するものである。

四  債務者は、電力供給を業とする会社で、現に、別紙工事計画概要記載の計画にもとずく工事(以下本件工事という。)を実施中である。

五  しかして、電気事業に関しては、電気工作物規程(昭和二十九年四月一日、通商産業省令第十三号、以下規程という。)によつて、送電施設のよるべき具体的規準を定め、これによらない施設は障害発生の虞あるものとして、原則として禁じられているものである。

(1)  まず、規程第八十六条によつて、特別高圧架空電線路を市街地当人家密集地域に施設することは原則として禁じられておりここに特別高圧とは、七千ボルトを超えるものを指すことは規程第三条によつて明らかであるところ、債権者田中所有の本権雑種地及び同東所有の本件宅地、建物の所在する地域は、いずれも人家密集地域に該当するにかかわらず、債務者は前掲記才のように六万五千ボルトの高圧線移転工事を開始し、

(2)  次に、規程第百条八号の四によつて、使用電圧が三万五千ボルトを超える特別架空電線と建造物とが接近する場合において特別高圧線がこれらのものの上方もしくは側方において水平距離で三メートル未満にこれを施設すること及び使用電圧が一万五千ボルトを超える特別高圧架空電線と道路が接近する場合において、電線を道路との水平距離で三メートル未満にこれを施設することは、いずれも禁じられているにもかかわらず、本件工事によつて架設を予定される高圧架空電線と、債権者東所有の本件宅地及び建物との水平距離は、それぞれ三メートルに満たず(建物からの距離は約二メートル)、又債権者田中所有の本件雑種地は、一部は事実上神田川河川敷に、一部は債権者東が公道にでるために通行している道路となつているが、本件工事による送電線が河川敷の部分の上方(水平距離○)を、道路の部分はこれと水平距離三メートル未満の位置に架設されることとなる。

(3) (イ) 債権者東が囲繞地通行権を有する前掲三記才の土地は、東京都中野区、同都杉並区の境を貫流する神田川上水の両岸に跨り北岸約六メートル、南岸約四メートルの幅員の道路状となつているところ、債務者は、右土地上の神田川沿いに東西にわたつて鉄塔四基を敷設したので、土地の幅員は最長約一メートル、最短約六十センチメートル狭められる結果、自動車等による通行が極めて困難となるばかりでなく、

(ロ) 早晩、右鉄塔に送電線が架設されることとなるのであるからいわゆる人家密集地域に、しかも道路と高圧架空電線との水平距離三メートル未満の違法な架設工事であること前掲五の(1) 及び(2) 記才のとおりであり、したがつて、右架設によつて債権者東の囲繞地通行権をも侵害し、又侵害する虞あるものといわなければならない。

しかも、本件工事のような規程の一般的規準に背反する工事を止むなく実施する場合は、規程に定める手続に従い、通商産業大臣又は所轄通商産業局長の特別の認可を要するものであるが債務者は、その認可すらも受けていない。すなわち、以上のような規程に違反した本件工事は、債権者田中の本件雑種地の所有権を、又債権者東の本件宅地建物の所有権並びに囲繞地通行権を、それぞれ侵害する虞があるものというべきである。(囲繞地の通行は一面において侵害されていること前掲五の(3) の(イ)記才のとおり)

六  債権者東は、前掲五の(3) の(イ)記才のとおり、囲繞地の通行を妨げられ、右事実は、同時に同人が住居としている本件建物の十分な使用収益を妨げられることともなるので、債務者の実施しようとしている送電線架設は本件建物所有権の妨害ともいえる。

七  さらに、本件工事が進行し、送電線が鉄塔に架設され、送電が開始された場合には、債権者両名は、日常、高圧電線に触れて感電する虞があり、又雨天の日には高圧線より発する無気味な唸りに悩まされるばかりか、一旦断線等の事故が発生した場合、直ちに危害を蒙むることとなり、とくに債権者東が囲繞地通行権を有する地域は、鉄塔の敷設により、道幅が狭められたこと前掲五の(3) の(イ)記載のとおりであり、通行の際自動車等に出会えば、道の片側に避けざるをえなくなる結果、誤つて鉄塔の脚に触れることも往々にしてありうるが、鉄塔に電気が流れていれば、感電する虞も多分にあること、いうまでもない。

八  以上のように、債権者田中は本件雑種地の、債権者東は本件宅地、本件建物の各所有権及び囲繞地通行権を、それぞれ侵害される危険にさらされ(本件建物及び囲繞地通行権はすでに侵害されてもいる。)ているが、本件工事が高圧送電線の架設という特殊な工事のため、これが、さらに遂行されるときは、債権者等の生活の平穏を害されるのみならず、生命の危険すら発生する可能性のあること前記のとおりであり、しかも、債務者は、債権者等を含む地元居住者の再三の中止の懇請にもかかわらず、本件工事を強行し、すでに、鉄塔十五基のうち九基の設置を完了している実情にある。したがつて、今にして本件工事を差し止めなければ債権者等は非常な危険に遭遇し、権利行使の上において、償いえない損失を蒙むるものである。

九  なお債務者の主張事実中、債権者等が本件仮処分を求めるのは権利の濫用であるとの抗弁事実は否認する。債務者の既設高圧架空電線の綜下地は、もともと農地が多く、一部住宅の密集している土地があつても、送電線設置後、それを承知の上で各居住者が住居を設けたものであるから、殊更これを保護する必要はない。又本工事は線下地附近のぼう大な土地を所有する宗教法人立正交正会の依頼にもとずいて、その利益をはかるため、「公共の福祉のため」という美名のもとに、実施しているにすぎないものである。しかも既存の施設で十分社会的使命を達しうるにもかかわらず、立正交正会が提供した費用をもつて、しいて本件工事を遂行しているものであり、工事費用の濫費というほかはなく、仮処分により債務者が損害を蒙むることはありえない。

第二債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

債権者等は被保全請求権を有しない。

一  債権者主張事実のうち、債権者東が本件宅地建物を所有していること、本件雑種地が、神田川せんさく(穿鑿)工事の実施により、一部が河川敷、一部が同川沿の土場となつていること、財団法人東京都住宅協会が、登記簿上、昭和二十九年三月三十一日、本件雑種地を債権者田中から譲り受け、その所有名義人となつていること、債務者は、債権者等の主張するような事業目的を有する会社で、その主張するような工事に着手し、現に、高圧線架設のために八基(九基ではない。)の鉄塔を建てたこと、本件宅地が本件雑種地の南側に接続し、その地上に債権者東の居宅である本件建物が存在すること、本件雑種地のうち、現に、河川敷になつている部分の上空(水平距離○)に本件工事による高圧送電線が架設される予定であること、債権者東が、囲繞地通行権を有すると主張する土地が、神田川両岸に沿つて道路状となつていて、北岸の幅員が約六メートル、南側が約四メートルあること、債務者は右地上に高圧電線架設用の鉄塔四基を建てたこと及び本件工事によつて架設予定の送電線のうち、その一部が、道路との水平距離で三メートル未満に架設されることとなることは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二  債権者田中は、本件雑種地の所有者ではない。すなわち、財団法人東京都住宅協会は、昭和二十九年三月三十一日、田中から本件雑種地を代金七万千四百円で譲り受け、その旨の登記手続を了したもので、債権者等が主張するような経緯で、右協会が登記簿上だけ所有名義者となつたのではない。したがつて、債権者田中は、同日以降その所有者たりうるはずがない。

三  債権者東所有の本件宅地は、債務者が本件工事計画によつて架設を予定している送電線の線下地ではない。しかして、土地所有権の効力は、その上下にのみ及び、他には及ばないから、債権者東は、本件工事の進行の程度如何にかかわらず、その中止を求める被保全請求権を有しない。

四  債権者東は、その主張のような囲繞地通行権を有しない。すなわち、民法第二百十条にいう袋地とは、他人の所有地に囲繞されていて公道に通じない土地を指すものであるが、ここに公道とは、公衆の通行の用に供せられる道路をすべて指称するものであり、何人が右道路の所有者もしくは管理者であるかは問うところではなく、債権者東が通行権を有すると主張する土地は平素から一般公衆の通行の用に供せられているところであるから、右の土地そのものが、まさに、公道といいうるのであり、しかも、本件宅地は直接この公道に接続しているので、債権者等が主張するように袋地ということはできない。換言すれば、同人は、一般公衆と同様、右地上を自由に通行しうるにとどまり、すすんで、その主張のような囲繞地通行権をもつものではない。又同人は、ことさら通称和田堀橋に通ずる道路をとりあげて問題にしているが、本件建物から東方に出ると、すぐに南方に通ずる広い道路が交差し―建物から右交差点までは鉄塔がない。―この道路を利用することによつても、あらゆる方面と交通できるものである。

五  債権者等は、債権者東が通行権を有すると主張する土地上に、本件工事計画にもとずいて鉄塔四基が建てられた結果、その幅員が著しくせばめられたために、自動車等による通行を妨げられているとし、右事実は、本件建物の所有権を侵害するものであると主張するが、仮に右事実があるとしても、このことをもつて、直ちに、本件建物の所有権を侵害するという議論は到底首肯できない。

六  仮に前記主張が理由がないとしても、本件工事は、債権者等の権利を妨害する虞は全くない。以下これを詳述する。

そもそも本件送電線移設工事は、山梨県八ツ沢発電所と東京都淀橋変電所の間を結ぶ特別高圧送電線施設のうち、杉並区和田本町を通過している一、〇二キロメートルの施設(鉄塔二十二基)を撤去し、中野区、杉並区の境を貫流する神田川上水及び善福寺上水の両岸に跨り、あらたにこれに代る鉄塔十五基を設置して、右上水上に送電線を架設しようとするものである。

いうまでもなく、電気工作物については、これによる障害を防止するために、電気工作物規程に規準が定められており、電気事業者が電気工作物の新設又は変更をするときは、必ず、鉄塔の構造、強度、経過地及び電線の太さ、強度、碍子の種類、応力(鉄塔の風圧、電線の風圧、電線張力)等工事の具体的内容を明確にして、事前に通商産業大臣又は所轄通商産業局長にその承認を得ることを要する(電気に関する臨時措置に関する法律施行規則第一条一項七号、旧電気事業法施行規則第十九条)ものである。債務者は、本件工事の実施に先だち、昭和二十八年十二月十八日、所定の手続を経て東京通商産業局長の工事施行認可を受け、翌二十九年六月から工事に着手したものであり、右認可は、工事全体について、前記規定にもとずく障害発生の虞の有無を総括的に検討のうえ、その虞なきものに限りされるものであるから、債権者等が主張するような障害の虞はない、といわざるをえない。

又、本件工事の内容を具体的に検討しても、電気工作物の設置に関しては、その安全性を確保し、電気工作物と他の工作物との間の障害を防止するために、電気工作物規程によることとなつているが、同規程によれば、特別高圧送電線の設置については、

(1)  鉄塔の強さ 構成材片は、それぞれ荷重に対して三倍以上の強さとする。

(2)  電線の太さ 直径五ミリメートル(十九、六四平方ミリメートル)以上のものを使用する。

(3)  電線の強さ 安全率二、二以上の強さとする。

(4)  電線の高さ 地表上六メートル以上とする。

(5)  電線と家屋との距離 水平距離三メートル以上

(6)  電線と道路との距離 水平距離三メートル以上

を要する。これに対し本件送電線工事の設計は、

(1)  鉄塔の強さ 構成材片は、それぞれ設計送電線の荷重の三倍以上のものに堪えるもの。

(2)  電線の太さ 直径一八、一五ミリメートル(二百平方ミリメートル)の硬銅撚線

(3)  電線の強さ 安全率二、五以上

(4)  電線の高さ 地表上九メートル以上

(5)  電線と家屋との水平距離 三メートル以上

電線と家屋との離隔距離 五メートル以上

(6)  道路との水平距離 大部分は三メートル以上であるが、一部分三メートル以内となるため、電気工作物規程の定める制限外工事となるので、安全確保のため、碍子は通常一連(四個は七万五千ボルトに堪える)を使用すれば足りるところ、とくに、二連五個を使用して電線の落下を防止するほか、電線の地表上の高さをより高くするとともに、太さも二百平方ミリメートル以上

とした。

しかして、本件建物と本件工事の送電線の水平距離は約七メートル、離隔距離は約十一メートルあり、このような施設の送電施設によつては、債権者田中所有の本件雑種地をはじめ、債権者東の建物はもとより、その敷地である本件土地及び同人が囲繞地通行権ありと主張する土地のすべてに対して断線、漏電等の障害を与える虞がないことはいうまでもなく、万一漏電もしくは断線が生じた場合は、保護装置(リレー)の急速な(〇、二秒内)自動遮断により、送電はたゞちに停止されて無電圧となり、又電気的事故の際、碍子の破損が起るとしても、磁器部のみの破損で、碍子連が切断することは、ほとんどないし、仮に切断するとしても、二連装置であるから、他の一連により電線は依然支持され、何等の障害とはなりえない。又送電線の唸も十一メートルの距離(離隔)があれば、債権者東が日常生活に忍受できないような影響を与えるものではない。したがつて、債権者等の忍受し難い危険発生の虞がある旨の主張は、単なるいいがかりにすぎない。

七  仮に、債権者等が、その主張のような被保全請求権を有するとしても、本件工事の差止を求めることは、いずれも権利の濫用として許されない。すなわち、債権者田中が所有すると主張する本件雑種地は、すでに、昭和二十三年頃から土地区画整理によつて神田川の河川敷及び川沿いの道路となつて現在に至つているから同人が今更、これを使用収益もしくは処分することが事実上不可能である。しかも右土地は、区画整理の完了次第、都知事から河川の認定を受け、これによつて右土地に対する田中の権利が一切消滅せしめられるに至ることは明らかである。一方、本件工事は現在の淀橋線(淀橋変電所から和田堀変電所に至る。)の線下地が市街地の発展に伴つて人家が集中してきたので、これを避ける等の目的から、神田川河川敷上空に移設すべく計画したものであり、すでに、昭和初頭から、淀橋変電所から河川敷に移設工事を始め、約三粁にわたる区間のうち、第一期、第二期の移設工事を終了し、残すところは現在の第三期工事である本件工事のみである。しかして、本件工事の経過地のみを河川敷以外の地域に移設することは、周囲の状況から極めて困難なことであり、仮に移設が可能であるとしても、かえつて、新らたに移設さるべき線下地の効用を阻害するに加えて、債務者にとつても甚大な経済的損害を蒙むることとなることは明らかであり、全く、僅かな一区間の架設工事の差止めにより、全体の工事が挫折し、いたずらにぼう大な資財を遊休化させることとなり、公益的使命の達成、ひいては、公共の福祉を害すること明らかであり、このような実情の下において、債権者等が、本件工事の差止めを求めることは、明らかに権利の濫用というほかはない。

債権者等は、本件工事の差止を求める保全の必要性がない。

一  債権者田中が、本件雑種地を利用することが事実上不可能であり、加えて、右土地は現在においてこそ東京都知事から河川敷の認定を受けていないが、駒板橋上流地域の土地区画整理が完了次第その認可を受け、田中の所有権がありとするも、早晩消滅する段階にあることは、すでに述べたとおりである。したがつて、そのような実情にある土地の上空に、本件工事の送電線が架設されても、これにより田中が著しい損害や現在の危険を避ける等のため本件工事を差し止めなければならない必要性はない、といわざるをえない。

二  債権者等は、本件工事全体の差止めを請求しているが、債権者田中所有と主張する本件雑種地、債権者東所有の本件宅地及び本件家屋と本件工事と関連があるのは、鉄塔第一三〇五号と第一三〇六号との間の架設工事のみであり、債権者東が囲繞地通行権を主張する土地と本件工事と関連があるのは鉄塔第一三〇四号から第一三〇七号との間に至る区域のみであるから、その区間以外の部分について、工事の禁止を求めるのは、保全の必要の範囲を逸脱して失当である。

三  又債権者等に対し、本件送電架設工事により、債権者等主張のような危険が発生する虞は絶無であること前記のとおりであるが、仮に、債権者等において、本件送電線の架設により若干の損害を蒙むることがあるとしても、その損害は金銭をもつて償いうる損害であるのみならず、本件工事を禁止されることによつて債務者の蒙る異常な損害に比すべくもない。

以上いずれにしても、本件仮処分における保全の必要性はないといわざるをえない。

第三疏明関係

(債権者等の疏明等)

債権者等は、甲第一号証の一から五、(第二号証から第二十九号証は欠号)、第三十号証から第三十三号証(第三十四号証から第四十七号証は欠号)、第四十八号証から第五十一号証及び第五十二号証の一から三を提出し、第五十二号証の一、二、は昭和三十二年五月三十一日撮影にかかる東京都目黒区大原町千二百三十番地に建設されている昭和二十九年八月二十一日感電死亡事件が発生した債務者会社の送電用鉄塔の写真であり、同号証の三は同じく五月三十一日撮影にかかる同町十番地先にある債務者会社の送電用鉄塔に設けられた掲示板の写真である、と陳述し、証人金児栄治郎及び木村外紀男の各証言並びに債権者東為良本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立及び同第二号証の二、第四号証の二の一から八、第五号証の一、二が、債務者主張のような写真であることはいずれも認めるがその余の乙号各証の成立及び検乙第一号証に関する債務者の主張事実は知らない、と述べた。

(債務者の疏明等)

債務者訴訟代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、同号証の二の一から八、第五号証の一、二、検乙第一号証を提出し、乙第二号証の二は、昭和三十一年三月撮影にかかる本件現場にある債権者東為良宅、同第四号証の二の一から八、は昭和三十二年七月十七日撮影にかかる本件工事の実施による送電施設同第五号証の一、二は同日撮影にかかる既設送電線のそれぞれ写真である。検乙第一号証は、債務者会社の前記工事計画にもとづき架設予定の送電線である、と陳述し、証人満野保の証言を援用し、甲第一号証の一から五、第五十、第五十一号証の成立は、いずれも認めるが、甲第三十号証から第三十三号証、第四十八、第四十九号証の成立(第三十三号証については、原本の存在及び成立とも)及び第五十二号証の一から三に関する債権者の主張事実は知らない、と述べた。

理由

債権者等が、その主張のような所有権及び囲繞地通行権を有するかどうかについての判断は暫く措き、仮に、同人等が右権原を有するとして、債務者の本件工事の実施によつて、これを侵害される虞の有無、すなわち、妨害予防及び排除の請求権の存否についてまず、判断する。

一  債務者は、電力供給を業とする会社で、現に、山梨県八ツ沢発電所と東京都淀橋変電所を結ぶ特別高圧送電線施設のうち、東京都杉並区和田本町を通過している一、〇二キロメートル(八ツ沢線第一三〇三号から第一三一六号鉄塔間)の部分を撤去し、これを、同都中野区と同都杉並区の境を貫流する杉並区方南町六百十一番地先から同都中野区和田本町十八番の三先に至る神田川上水及び善福寺上水の両岸に跨り、亘長一、二キロメートル、最大電圧六万ボルト(但し、債務者主張は六万六千ボルト)電気方式交流三相三線式、回線数四、電線二百平方粍硬銅撚線六条、百平方ミリメートル硬銅撚線六条、地線三十八平方ミリメートル亜鉛メツキ銅線、支持線四回線電塔十五基の移設架線工事を実施し、すでに高圧線架設のため、八基の鉄塔を建てたこと本件雑種地の一部が神田川せんさく(穿鑿)工事の実施によつて、その一部が神田川河川敷一部が同河川沿いの道路状となつていること、本件宅地が本件雑種地の南側に接続し、その地上に債権者東の居宅である本件建物が所在すること、本件雑種地のうち、現に河川敷となつている部分の上空に、本件工事によつて送電線が架設される予定であること、債権者東が囲繞地通行権を有すると主張する土地が神田川の両岸に沿つて道路状となつていること、債務者は、右地上に、すでに高圧送電線架設用の鉄塔四基を建てたこと及び本件工事によつて架設予定の送電線のうち、一部が道路と水平距離三メートルの位置に架設されることとなることはいずれも当事者間に争いのないところである。

二  しかして、電気に関する臨時措置に関する法律施行規則第一条の規定により、電気の供給に関する施設については、旧電気事業法施行規則(昭和七年逓信省令第五十二条)の規定の例により、同規則第十九条によつて準用される同法第十二条によれば、工事施行の認可を受けたのちに、最大高圧一万ボルト以上の電線路の一キロメートルを超える延長、又は左右おのおの二十メートルを超える位置を変更しようとする場合は、同法第十八条に準拠し、工事施設の内容を総括的に明確にして、通商産業大臣、もしくは通商産業局長の工事施設認可をうけることを要すると解されるところ、本件工事は右規定に該当する工事施設であること当事者間に争いないこと前記のとおりであり証人万野保の証言及び同証言により成立を認めうる乙第三号証の記載によれば、債務者は所定の手続を経て、昭和二十八年十二月十八日、東京通商産業局長の認可を受け、翌二十九年三月から本件工事に着手したこと、本件工事の内容は、すべて旧電気事業法(昭和六年法律第六十一号)第十三条の定の例により制定された電気工作物規定に定めるところに従つて計画されたうえ、前記認可を受けたものであることが認められ、ただ、本件工事の施行区域の一部が、いわゆる人家密集地域であること、本件工事によつて架設を予定されている送電線が、その線下地の一部の道路との水平距離三メートル未満になるところが生じ、規程第八十六条及び第百条八号の四後段による制限外の工事となるので、債務者は碍子は通常一連四個を使用すれば足りるところを、(一個は七万五千ボルトの使用に堪える)とくに二連五個を使用しているほか、電線の太さも規程に定められている直径五ミリメートルを、直径十八、五ミリメートルに、電線の地表から高さも規程より六メートルを超える九メートル以上に、それぞれ、設置して、漏電、断線等による危険を避ける等安全確保に万全を期したうえ、前記規程による特別の認可を受けたことが一応認められる。又債権者等は、同東の居宅である本件建物が本件工事による架設予定の送電線と水平距離二メートルの間隔しかないので、三メートルを予定する同規程第百条の四前段の制限に違反する危険な工事であると主張するが、証入金児栄治郎の証言及び債権者東本人尋問の結果によつても、右事実を認め難く、その他これを認めるに足りる疎明はない。したがつて債権者等の、債務者が施行する本件工事が所定の手続に違反するとして、その工事の完結によつて、直ちに債権者等の権利を侵害する危険が発生する虞がある、との主張は理由がないものといわなければならない。

三  次に、債権者等は、その主張するような本件工事の実施により、現に通行を妨害され、又送電線の断線もしくは漏電等により、日常、生命の危険にさらされ、もしくは雨天などの際送電線より発する唸りに悩まされるなどの虞があるが、右事実はとりもなおさず、債権者等の権利の侵害もしくはその虞があるものと主張(債権者等主張のうち五の(3) の(イ)及び七の事実)するが送電線の唸については債権者等の日常生活上忍受し難い程度の唸りを発するものと認めるに足りる何等の疎明もなく、又断線漏電等の主張について、この主張にそうような証人金児栄治郎の証言部分は、前記証人万野保の証言に照らし正確を欠き、直ちに措信し難く、他に債権者等提出援用の全疎明をもつてしても、これを肯認するに足りない。かえつて前記証人万野保の証言及び乙第三号証の記載によると、本件工事に使用される送電線は、直径十八、五ミリメートル、断面積二百平方ミリメートルの硬銅線は、従来、飛行機あるいは駐留軍の演習の際に飛来した砲弾の破片の接触等のきわめて稀な外部的障害を原因とする場合を除いては、断線することは稀有の事故であること、送電線は風圧に堪えるために電気工作物規定に従つて張ること、万一、碍子の破損が起きるとしても、その磁器部のみの破損に止り、又碍子連が二連になつているので、これが全部破損することはなく、したがつて、電線が落下することは、ほとんどありえないこと、又落雷等によつて断線漏電等事故が発生した場合は、予め備えつけてある保護装置によつて、〇、二秒内に送電が停止されること、六万六千ボルトの送電線の危険距離は安全度を十分考慮しても四十センチメートル以内であること及び工事を完成して使用する際は、改めて監督官庁から使用認可を受けなければならないこと等が推認され、右事実と前掲二記載のように債務者が本件工事の実施について所定の手続を経ている事実を綜合すると、債権者主張のような危険発生の虞は、まずないことが窺われる。もつとも、乙第五十一号証の記載によれば、昭和三十年度における債務者会社管内の施設の事故件数三百五十五件、その原因は碍子の故障によるもの二百十七件遮断機の故障によるもの五十一件、断線事故によるもの六十七件、六万ボルトの架空送電線の事故三百五十五件、右事故による死傷者が百八十八人に達していることが窺えるが、これらの事故のうち、本件工事の施設と同一内容の施設によるものが、はたして、いくばくあるのか必ずしも明確でない。ただ右事実によつて、現在の学問上、技術上の制約並びに工事に従事する者や、通行人等の不注意等により、若干の危険発生の虞があることは肯認しえないではない。しかしながら、ひるがえつてみるに、本件工事の実施は、電力供給という公共的事業として、既設の高圧送電線を神田川上水二室に移設する工事であること(もつとも債権者等は、債務者が宗教法人立正交正会の利益のため、既設送電線を移設せんとするもの、と主張するが、このような事実は、これを認め得る疎明はない)を考えると、あるいは、ある限局された条件下に若干の危険が発生する可能性があるからといつて、直ちに、債権者等主張のように、債権者等の各権利が侵害又はその危険にさらされているものとはいいえないといわざるをえない。しかして、債権者東がその主張する囲繞地通行権をば妨害されているとの主張については、なるほど債権者東が主張する土地(債権者主張三の事実)、すなわち、神田川両岸の道路状の土地は、その北岸において幅員約六メートル、南岸において約四メートルあり、右地上に債務者が送電線用鉄塔四基を建設したことは当事者間に争いのないところであるが、しかし、鉄塔の建設が通行の妨害となるとの主張は、この事実にそう債権者東の供述部分は、前記証人万野保の証言及び右証言によりその成立を認めうる乙第四号証の一から八の記載に徴し、たやすく措信し難く、その他これを認めるに足りる疏明もない。

四  さらに、債権者東は、前記囲繞地通行権の妨害がひいては、本件建物の使用収益等を妨害し、所有権を侵害する旨主張するが、前説示のように、通行妨害の事実は認め難いのみならず、もともと論ずるところ自体理由がないと認められるから、右主張は到底採用することはできない。

むすび

以上説示のとおり、債権者等の主張するような妨害及びその虞があるものとはいいえないから、本件における被保全請求権である、本件雑種地、本件土地及び本件建物の各所有権並びに囲繞地通行権にもとずく妨害排除及び予防請求権はこれを肯認しえないことに帰し、このことは、同時に、とりもなをさず本件仮処分における保全の必要性がないことに帰着する。したがつて、債権者等の本件申請は、進んで此の点について判断するまでもなく理由がなく、もとより保証をもつてこれに代えることも適当ではないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十五条及び第九十三条をそれぞれ適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 三宅正雄 片桐英才 宮田静江)

工事計画概要

工事施行場所 神田川(東京都杉並区方南町六百十一番地先から同都中野区和田本町十八番地の三先に至る地域)

工事目的 東京電力株式会社八ツ沢送電線第一三〇三号から第一三一六号鉄塔間の高圧線移設

工事内容 線路名  八ツ沢線

亘長   一、二キロメートル

電圧   六万ボルト

電気方式 交流三相三線式

回線数  四

電線   二百平方粍硬銅撚線六条

百〃   〃   六条

地線   三十八平方ミリメートル亜鉛メツキ銅線

支持線  四回線電塔 十五基

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